芳和荘 詳細調査

山口県萩市にある、元遊郭の大規模建築を擁する旅館。宿上級者に超おすすめ。「ときやど」の原点になった宿の一つ。

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芳和荘は山口県の萩市にある旅館。もと遊郭の旅館としては、全国で一番規模が大きい。 芳和荘のあるところは、川沿いの畑地に明治34年に作られた遊里だそう。
萩市街の海側の浜崎地区は漁業の地であり、その脇は立地として適していたのであろう。建物はほぼ口の字をしており、広い中庭が存在する。建築的、文化的な価値が非常に高く、「ときやど」の原点になった宿の一つでもある。

現在使われている玄関は道に面したところで、石柱と看板をくぐり建物に入る。すでにここで雰囲気に圧倒される。
遊郭当時からほぼ変わっておらず、門の扉が撤去されたこと、二階の外縁側にガラス戸が追加されたことくらいだろう。扉の方は蝶番の痕跡があるため、確認できる。

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遊郭当時の想像図現在の姿

扉を開けるのは少し緊張するが、設置されている「呼板」なるものをたたいてご主人を呼ぶと、一気に安心する。
旅館に負けずご主人も素敵な人柄で、とても気さくで温厚な方である。そしてなんと4年前に宿泊したときのことを憶えていらっしゃった。驚きの記憶力である。

玄関の正面にある階段を昇ると、横には大きな中庭と回廊が目に飛び込んでくる。中庭沿いの二階廊下は戸が入っておらず、吹きさらしである。これはとても貴重な光景である!!
大正時代、遊郭だった頃と同じ空間に浸ることが出来る。もちろん娼妓の出入はないが、登場しそうな雰囲気さえ感じられるのだ。
この回廊沿いに13室並び、さらに道側にもう一列、5室が並ぶ。2階だけで18室もあるのだ。現在は一部が押し入れやリネン室として使われ、お客さんを入れているのは数室だという。

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階段部分(2016/1 吉宮)魅力的な廊下(2016/1 吉宮)「鶴江」内観(2016/1 吉宮)

館内のどこを見ても完璧に掃除されており、非常に気持ちがよい。初回に訪れた時にご主人が、床や柱を磨き始めたと仰っていたが、確かに4年後訪れた時は、だいぶ木の色が蘇っていた。回廊はピカピカである。
庭木の剪定もこなすらしく、大きめの木をガラス一枚も割らず倒したらしい。外の塀も自分で直したそうで、この大きな建物を維持する方なだけはあると感心するばかりである。

下に2階図面の比較を示す。開口部含めてきわめて原形を残していることが分かるだろう。

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2階竣工時推定図面2階現在推定図面

左側が北向きだが、あまり方角には関係のない造りをしている。
2階の上方にある広い部屋は、左側が板元(一番稼ぎの多い娼妓の部屋)、右が2番手の部屋だろう。図面下側はふすまで仕切れる設計になっているが、図面中ほど両脇の部屋も小さく、ここも上とは仕切る必要があろう。
回廊のために自由に行き来が出来る設計だが、おそらく客の階層ごとに使用する区域が分けられていたはずである。2階回廊には、3か所に垂れ壁が存在しており、ただ構造的に必要だったのか仕切りを入れるためなのかはわからない。
遊郭の部屋らしく、それぞれが小さいが必ず押入れを備えている。(古くからの旅館では、むやみに布団を使われないよう敢えて押し入れをつくらない設計としていることもある)

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回廊と主人(2020/3 吉宮)「玉江」から見た回廊と文字(2020/3 吉宮)図面下側の廊下(2020/3 吉宮)

主人によれば、お客さんの足音で建物のどこにいるか把握できるという。確かに、我々が主人の部屋に向かうと、それをすぐに察して笑顔で出てきてくれた。こんなに広い建物で、驚きである。
回廊の欄干には切り抜き文字が配されており、往時の隠し家号「ちようしゆうらう」の仮名が逆向きに振られている。四面中央に一つずつ家紋が入れてある。全部で60マスあり、文字数は56なので7回繰り返されている。 実は文字の配置が面白く、広い廊下は文字の間隔が広く5間に14文字だが、狭い廊下は4間半に16文字入っている。スケール感を合わせているのではないだろうか。
三枚目の画像は、図面下側の廊下を右側から見たものである。回廊への出口は、よく見るとふすま用の溝が上部に残っている。この廊下沿いの部屋は狭いので、遊郭時代は並みの客を扱っていたのであろう。
ここに仕切りを入れることで、上階級の客と分けていたのではないかと思われる。または、この回廊への出口部分がもともと部屋だったことも考えられるが、廊下があまりに暗くなるので可能性は低いだろう。

以下に、1階竣工時を想定して復元した平面図との比較を示す。

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1階竣工時推定図面1階現在推定図面


遊郭は基本的に他の客と鉢合わせないような設計になっていることが多く、この建物の場合も玄関が少なくとも4か所にあったようだ。ただし、右下の一か所は廊下が細く、入り口も塀の切れ目が無いことから、従業員用の入り口ではなかったかと推測する。
主人は調理師の資格もお持ちのようで、朝食のほか小料理「芳和」も営業していたという。 2016年に訪れた時は朝食付きプランもあったので、素泊まりしたことが悔やまれる。朝食をとった方がいれば話をお聞きしたい。

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一階から見上げた回廊(2020/3 吉宮)一階廊下(2020/3 吉宮)風呂内観(2016/1 吉宮)

中庭の管理もすべて主人が行っているそうで、適度に間引かれた苔庭が非常に美しい。 ここ芳和荘のお風呂は、ちょっとモール泉のような成分を感じた。決して汚れているなどではなく、温泉的な成分が入っている地下水なのかもしれない。ただ日によって変化があるようで、2回目に訪れた時はわからなかった。再度訪問したい。一階もいろいろ見ておきたいのだが、二階があまりに魅力的であまり調査が出来ていない。

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2016年2月2020年3月

ほぼ同じアングルからの撮影だが、木材の色は鮮やかになり壁も修理され、どんどんきれいになっている。 インターネットで有名になるにつれて力を入れているのかもしれない。初回訪れた時よりも、かなり知名度が上がったように感じる。前回修理していた外の塀も完成していた。

-年表-
(不明) 梅木(長州楼)創業
明治34年(1901) 萩町遊郭設置
大正9年(1920) 現在の建物竣工 (大正11年説もあり)
昭和33年(1958) 売春禁止法施行、廃業
昭和38年(1963)以降 現在の主人家族が入手、改修工事
昭和39年(1964) 芳和荘創業、下宿業、旅館業

部屋名広さ階数状態建設年冷暖房
鶴江10畳2階部屋1920
桜江10畳2階部屋1920
笠山10畳1階部屋1920
玉江7.5畳2階部屋1920
常盤7.5畳2階押入1920×
上津江6畳2階部屋1920
中津江6畳2階部屋1920
下津江6畳2階部屋1920
菊ヶ浜6畳1階部屋1920
指月6畳1階部屋1920
堀内4.5畳2階部屋1920×
八丁4.5畳2階部屋1920×
北古萩4.5畳2階部屋1920×
古萩4.5畳2階押入1920×
倉江4.5畳2階部屋1920
青波瀬4.5畳2階部屋1920
小松江4.5畳2階部屋1920
虎ヶ崎4.5畳2階部屋1920×
平安古4.5畳2階部屋1920

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